東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)33号 判決
一、本件商標の出願日、登録日及び指定商品が原告ら主張のとおりであることは被告の認めるところであり、その構成、存続期間更新登録日、原告らの請求人としての主張内容を含めての特許庁における手続経過及び本件審決の理由の要旨等がすべて原告らの請求原因第一、二項において主張するとおりであることは被告の明らかに争わないところである。
二、そこで審決の判断の当否について検討する。
(一) 原告らは、本件商標の登録は無効とせらるべきであるとし、その事由として、明治三七、八年の日露戦争において、陸軍は、「露西亜を征伐する丸薬」という字義による心理作戦を含め、「征露丸」と命名してクレオソートを主剤とする胃腸用丸薬を創製、製造し、全軍に服用させたのであるが、右戦争の終了後本件商標の登録された昭和七年当時までの経過において、一方においては、幾多の民間売薬業者によつて、右の軍陣薬と規格、名称を同じうした家庭用売薬「征露丸」が国内に広く製造、販売されるに至ると共に、他方においては、戦場において「征露丸」の字義による強い印象を受けて生還した将兵が多数存在し、これら将兵から右軍陣薬「征露丸」の体験談等も流布されるに至り、これらの諸事情が相加わり、右昭和七年当時本件商標の指定商品たる丸薬の取引社会においては、胃腸薬「征露丸」の名は周知、著名となつていて、これがため当時において丸薬中の「征露丸」に「セイロ」の文字を表示すれば、世人はこの「セイロ」を以て「征露丸」の「征露」と観念するは当然であり、また征露丸以外の丸薬についても、それが丸薬として征露丸と親近関係にあつて、征露丸の経験者は同時にその経験者でもあるところから、容易に連想反応を起して同様の直感を生ずるものというべく、かように「セイロ」が「征露」を直感させるのは、わが国語の表示手段として仮名文字と漢字との間に区別がなく、しかも「セイロ」の仮名文字には「征露」以外に容易に直感連想される国語がないのにもよるのであるが、この「セイロ」が「征露丸」を通じて取引者、需要者に直感させる「征露」は「露西亜を征伐する」の感情表示語として発祥したものであるところ、わが国民生活上「露西亜」も「ソ連」も区別されていないのが実情であるところからすれば、本件商標はその登録当時において国際交義上公の秩序に反するものであり、旧商標法第二条第一項第四号の規定に違反して登録されたものであるという。
(二) ところで仮りに、原告らの主張のような日露戦争における軍陣薬「征露丸」の発祥、また戦争終了後昭和七年当時までの間においての家庭用胃腸薬「征露丸」の製造、販売及び将兵の帰還とこれによる軍陣薬「征露丸」の体験談の伝播等の事実があつたとしても、
(1) 成立に争いなき甲第五号証の一ないし三と本件口頭弁論の全趣旨とによれば、大正一五年一月六日特許局において、丸薬を指定商品とし、明治三八年九月八日登録された「征露丸」の文字よりなる商標につき、それが露西亜を征伐するの意味を有し、日露間の平和の克復された同年九月五日後に登録されたものであつて、登録当時において国際間の通義に反し、秩序を紊るのおそれあるものとして、その登録を無効とする旨の抗告審判の審決がなされ、そして同年六月二八日言渡の大審院判決によつて右審決が支持、確定されたことがあり、かような経過もあつて、売薬製造販売業者間に、原告ら主張の胃腸薬「征露丸」と同じクレオソートを主剤とする胃腸用丸薬につき、呼称を右「征露丸」と同じうした「セイロ丸」、「正露丸」なる名称ないし標章を付して製造販売する者が次第に多くなり、昭和七年頃に至つては「征露丸」の文字と相並びむしろこれを凌駕する形勢を以て「正露丸」の文字が製造販売業者によつて採択されるの状況にあつたことが窺われ、
(2) また、「征露丸」の文字が原告らの主張するように、日露戦争において「露西亜を征伐する丸薬」なる感情表示語として、考案され発祥したものであるとしても、かような日露戦争という特殊の事態の下に、敵国露西亜を征伐するというその特殊の事態においての感情を表示すべく造られた感情表示語は、その事態の下にあつては、事態による共感に基いて自ら字義も了解され、これによる観念が感銘と印象を与えたであろうことは想像に難くないところであるにしても、この日露戦争が終了し、その終了后の日時が経過するにつれ、漸時その感銘と印象とがうすれてゆくのは自然のことであろう。けだし、もともと「征露丸」なるものが「露」を「露西亜」の「露」と読み、この「露」の文字に「征」の文字を冠して「征露丸」とし、「露西亜を征伐する丸薬」と意味つけたという、いわば日露戦争という特殊の事態限りの、特定時限的な性格をもつて生まれ、日露戦争の認識を離れては容易に理解できない造語であるだけに、文字の理解によつて右の観念を生ずること自体も―日露戦争当時においては、前記の如く事態による共感によつて、自ら字義も感得、理解され、これによつて観念されていた文字であるにしても、―時の経過に従つて次第にうすれて行くのは自然の運命というべきであつて、すなわち日露戦争下においてこそ「征露丸」の文字は「露西亜を征伐する丸薬」として出征将兵に強い感銘と印象をもたらしたには相違ないにしても、それが去つて三〇年近くも経た昭和七年当時において依然として右の文字が右の観念を以て人々に同様の感銘を与えていたとは到底考えられないところである。そしてこの文字の理解自体についてさえ、往時を知る者ないしこれから伝承した者は、沿革的に史実に基いての字義の理解とこれによる観念を持ち、あるいは持ち得たであろうが、この文字から受ける印象ないし観念も、必ずしも当初のものに固定せられたものではなく、「ロシヤ征伐」の観念そのものは次第にうすれて、むしろ「征露丸」の名―それが薬品名であるか商標名であるかはしばらくおき、―をもつて呼ばれるクレオソートを主剤とする胃腸用丸薬それ自体の観念が主となるに至つたものと認めるのが相当であり、右の由来を知らない人たちからすれば、もちろん前者の観念はこれを持つはずもなく、ただ後者の観念だけを持つにすぎなかつたものと見るのが相当であろう。
(3) そこで本件商標の「セイロ」であるが、仮りに「セイロ」の商標が丸薬について使用せられるとしても、仮名文字の「セイロ」は漢字の「征露」とはその表現自体にすでに大きな相違があり、これから受ける印象の上にもまた同様の相違のあることはいうをまたないところであつて、いくら当時「征露丸」なる丸薬が世上著名に売買せられていたとしても、これを直ちに漢字の「征露」、ことに「ロシヤ征伐」のそれに結びつけることには大きな疑問があるものといわなければならない。しかも本件「セイロ」商標の登録当時である昭和七年の頃における「征露丸」そのものについての世上一般の印象観念が既に前記したとおりと考えるのが相当なのであるから、以上各点から考えれば、本件「セイロ」の商標からは、クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬の印象観念を生ずるにしても「ロシヤ征伐」の趣旨における「征露」を直感せしめるものとは到底これを認めることはできない。原告提出の書証中における証人の供述調書中には右の認定に反する部分もないではないが、採用できない。
(三) 以上のとおりであるから、本件商標が指定商品丸薬につき、その登録当時において、一般的支配的に「征露丸」を、ひいてまた「ロシヤ征伐」の意味における「征露」の文字を直感、連想させるものであつたという事実はこれを認めることはできないところであるから、このことを前提として本件商標が国際交義に反し秩序を紊るものであるとする原告らの主張は、その他の判断をなすまでもなく失当として排斥を免れないところであつて、同趣旨に出た審決の判断は相当というべく、原告ら主張の違法は存しない。